紙箱で遊ぶ子供たち~パンデミックで迎える新学年




子供が秋から大学生活をはじめるにあたって、SNSの保護者グループでは毎日のように不安の声が上がっている。


アメリカの大学は最初の1,2年は大学施設内にある寮に入ってカレッジライフを楽しみ、そのあとも周辺のアパートを借りるなどして親元を離れるのが一般なのだけど、

コロナウィルスの影響下により今年は授業もほぼオンラインになったり、フットボールなどの大規模な試合もほぼキャンセル、食堂はテイクアウトのみで、クラブ活動なども制限されるなど、それぞれの大学が新ルールを打ち出すたびに、保護者たちがそれぞれに反応している。

そんなのは大学生活じゃないし、高い授業費や寮の費用を払う意味がない。子供達が可哀想すぎる、と入学を取りやめてしまう家庭もあれば、ちっとも心配していないという家庭もある。留学生や遠方から来る人たちの不安や頭痛は測り知れない。

大学のみならず、小学校等でも新しいルールが強いられることになるし、もしかしたら日本でもどこでも状況は同じことかもしれない。
私たち親からしてみれば、『子供たちが可哀想!!!!!』という一言に尽きるし、絶望的になってしまう。

幸いにして私と私の子供は、不安の渦に飲み込まれることもなく、今日も一緒に寮生活の準備の買い物に行く予定だし、「まあ、なんとかなるだろう」という気持ちが一環している。

私自身は日本の高校を卒業してからスーツケースひとつで、行ったこともないイギリスに一人で留学してしまったので、あのときの恐怖や不安や不便さや困難に比べたら、別に。。。。と冷めている部分も大きいのだけど、

自分とアライメントできていれば、同情するという感覚が鈍ってくる。不安にも鈍感になってくる。日々の行動が、恐れをベースにしたものでなくなってくるし、それは家族にもちゃんと伝わる。

とはいうものの、多くの保護者の悲観的な投稿を読みながら、心の奥底では子供の大学生活を案じる気持ちはあるのだと思う。

SNSでたくさんの人たちにシェアされている投稿を目にしたとき、おもわず涙が出てしまった。これは、年齢や住んでいる場所や人種に拘わらず、新学年、新学期、就職などどんな境遇であれ、親御さんや保護者であれば共感できる内容かもしれないので、簡単に訳してご紹介します。


『今年の大学入学は誰にとっても心配で、絶望的な状況になっています。でも、この秋から大学生になる娘が、私に教えてくれたことがあるんです。

新たに発表された大学の方針事項を読んで、私はすっかり暗くなっていました。授業はオンラインクラスだし、寮生活にも規定がかかるし、学食はテイクアウト。クラブ活動はなし、そんな大学生活なんて想像を絶します。

暗い気持ちで娘にそうした大学の新たな規定を説明すると、彼女はこんなふうに言いました。

でも私、本来の大学生活がどういうものか分からないから、その違いがあんまり実感できないかも。比べられないぶん、絶望感も小さいかもよ?

その言葉で、私はハッと目が覚めました。
この秋からの新たな規定こそが、彼女が体験することになる「大学生活」であるということ。それ体験をしていないから、私のように、色々比べて悲観的になるということをしていないこと。

娘がまだ幼児だったころ、高価なオモチャを買ってあげたのに、それが入っていたダンボール箱で夢中で遊んでいたことを思いだしました。

幼児なんてそんなものじゃないですか。箱をボートや宇宙船に見立てていつまでも熱心に遊んでいる。その横で、高価なオモチャが転がっている。

この秋からの大学生は、「従来の充実した大学生活」という高価なオモチャを奪われてしまいました。その代わりに、空っぽの段ボール箱があるだけです。

親から見れば、なんて退屈で、活気もなく、面白味のない大学生活だろうと思います。でも子供達にとって、それは高価なオモチャと何の違いもないのです。そこには新しい友達や、新しい試練や、新しい発見が待ち受けているし、可能性は無限です。

子供達にとってみれば、窮屈に見える新しいルールは、そうした体験を縛りつけるものでもなんでもない。彼らは大人たちよりも創造性があり、大人とは違う視点でものごとを見れるし、自分達の世代の大学生活を体験することができるのです。』

かいつまんで訳してみましたが、これを読むたびに涙腺が崩壊。でも、本当に心から同意できる。子供達が可哀想だとジャッジメントしているのは大人たちなのです。


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