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コロナ休暇がおわった日

週末に2人でセイリングをして遊んだ。
コロナでずっと閉鎖されていたのがようやく解禁になったので、天気や風速をチェックすることなく、軽いノリで出航したのだけど、

途中で風がぴたりと止んでしまい、元気に進んでいたヨットも水上で一時停止。。。。。

炎天下だったので暑すぎて、イラっとした。

もともとヨットよりボートが好きなので、豪快にエンジンをうならせてブーンとかたわらを通り過ぎてゆくボートが羨ましくなったし、

同じようにして、むこうがわで停止しているヨットを見ると、それぞれのカップルや家族やらが仲良くしているのが目に入り、どうしてこんな状況で楽しめるのだろうと感心した。

ほんとうに、つまんない。
と思いながら、わたしたちの貴重な『今の瞬間』をムダにしていた。

そして、その昔、やはり炎天下の中を愛馬に乗って散歩していたときのことを思いだした。

乗馬初心者の私をバカにして、愛馬はときどき反抗してきた。行きたい方向に進んでくれないとか、動いてくれないときもあった。

海に浮かぶヨットであれ、大草原の中に立ちすくむ馬であれ、そのときの私にはどうすることもできない状態。

太刀打ちできない相手を前に、機嫌を損ねても仕方ない。

そうしたことを手放して、リラックスして、ベストな感情に自分をもっていくことしかできない。それが、無条件の幸せということ。

そもそも、仕事ならともかく、遊んでいるだけなのだから、慌てたり焦ったりする必要もない。

自然の中に身を置くと、無条件の幸せをイヤでも体感することができたりする。

『今この瞬間にただあるという単純さにくつろぐことができたとき、何かが開きます。より大きな知性と調和します。
もっと正確に言えば、自分はこれとは別のものだという幻想が消え去ります。

人生をコントロールしようとするのをあきらめ、考えることによって解放にたどりつこうとするのをあきらめて、自分がすでにそうであるもの、そうでないことがありえないもの、何の努力もなくひとりでに起っている、つねに存在しつづけながらすべてを包含するこの直接性にくつろぐのです。』ジョーン・トリプソンつかめないもの

次々に離陸する小型飛行機を眺めながら新たな会話をはじめるうちに、ふたたび風が吹きはじめた。

こんなふうにして、まるまる2か月間にわたる私のコロナ休暇が終わりを告げた。明日から少しづつ、職場復帰することになる。

この2か月間、労働も行動もせず、本職の収入もなく、何の予定も計画もなく、静かに自粛生活をしていたのだけど、

結果的には、かなり頻繁に外出して遊んでいた。
新しい体験もできたし、小旅行までした。
収入以上のお金が流れてきた。
それらは、すべて与えらえた結果。。
受け取るために指ひとつ動かしていない。

自分でしたことといえば、
新しいことを学んだり、
不安への意識修正。
そして、愛情や安心感、感謝の波動を大切にしていた。

願ったことが色々と叶った。
想像してなかった喜びもやってきた。
そして、自分が望む方向にものごとが展開している。自分だけではなく、愛する人たちもひっくるめて、みんなで一緒に歩いている。


『努力をしないということ、<ここ・今>という無根拠性にくつろぐこと、ハートを開くこと、ただあるということ。そういったことについても、私たちは似たようなやりかたで、それが意味するものを発見することができます。

そのどれもが、意図して意思の力で起こせることではありません。これは、そういう目標志向の努力が脱落することであり、自分がコントロールし、自分が采配を振っているという思い込みが残らずなくなることです。

思考意識をくつろがせたり、問題が想像上のものであることを見抜いたり、今この瞬間の単純さに目覚めたりするこの力は、ときによって、心身組織ごとにそれぞれ違う天候によって、仕えたり、逆につかいづらかったりします

ときにはくつろぐ力が発揮できないこともありますが、それを個人的に受け取らないようにしてください。そして、その力が使える場合でも、それを個人的に受け取ってはいけません。

くつろぎが起こっていても緊張が起こっていても、そのすべては選択とは関係ない宇宙全体のできごとです。究極的には、手放すべきことも、くつろぎを必要としているものも、何もありません。』
ジョーン・トリプソンつかめないもの


自分に新たな変容が起きた気もするんだけど、それが何なのかは、そのうちに現実が教えてくれる。


 

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