愛があれば過去も変わる


ビーチで一緒に瞑想した。
そのあとで街をあちこち歩きまわって、人気レストランをはしごした。

コロナ自粛が緩和されて、店やレストランが規制つきで次々と再営業となり、自宅生活に嫌気が差した人たちが、マスクをつけずに通りに出て、カフェ席を埋め尽くしている。週末ということもあって、大賑わいだった。

健康な人たちは、そんなふうに以前の生活を取り戻し、経済を動かすことに前向きだけど、もちろんそうでない人もいて、低免疫だったり病気がちな人は、まだまだ恐怖を抱えているし、失業の人も多い。
 
社会にとって何が最善なのか。これからどうなるのか。考えはじめると、きりがない。

答えが出せずにモヤモヤしてきたら、やはり瞑想をお薦めしたい。

短時間でもだいじょうぶ。終わったときに心の内で何の変化が見られなくても、あなたの波動は浄化され、何かをうけとる空間ができる。

その夜、私は、思いがけなく素敵なことを受け取った。

スマホを見たら、大昔の恋人から、1行メッセージが届いていた。
20代のときに北欧で同棲していた元彼で、SNSを通して数年前に私を見つけて、年に何度か、こんなふうに1行メッセージを送ってくる。

一度メッセージでやりとりしたことがあるけれど、そのときの彼の報告によると、今は30歳近く年の離れた(!)若い奥さんがいて、子供たちに恵まれ、ビジネスも成功して、とても幸せに暮らしているらしい

それなのに、どうして今さら、わざわざ私に連絡してくるのか。未練でもないし、下心でもない。私の方では懐かしさもないので、ほとんど返事はしたことがなかった。

はじめて連絡を貰ったときは、嬉しさではなく、不安を感じた。
彼とは、喧嘩別れしたままだったから。口論が絶えなくなり、彼が不在中に国外に逃げてしまったという別れ方。その直後の彼の怒りや悲しみを知っているので、罪悪感もあったし、今になって仕返しされるのではないかとう不安もあった。

もちろん、ここ数年はそうした不安はなくなっているし、私の中で、すべては素晴らしい思い出となり、もう感謝しか存在しない。でも、彼の気持ちまでは分からない。

メッセージが来る直後にアカウントが消されていることが何度かあり、浮気を疑った奥さんの仕業かもしれないと思うと、なんだか申し訳なくなって、ここ2年くらいは返事もせずに放っておいた。

その彼が、ここ1週間ほど毎日1行メッセージをくれていたのだけど、無視していたら、その日に限って何度も連絡が来ていたのだ。

そういえば、彼の住む国は、集団免疫をめざすために、ロックダウンをしない方針でやっているが、死者数が多いという記事を見たことを思いだした。

え、もしかしたら!!!!

突然、心配になって、慌てて返事をした。

ずっと無視はしていたものの、どこかで繋がっているという安心感びはあったのだ。あのまま一生消息を絶ったままだったら、やっぱり哀愁的な痛みをたまに感じていたかもしれない。

すぐにまた返事が来た。彼も彼の家族も元気ということだった。彼はアメリカの感染者数の多さに不安を覚えて、私の方を心配していた。

私は、愛の波動が流れ出すのを感じて、これまで言ったことのなかった言葉を彼に送った。

ありがとう。

同棲していた数年間、大きな喧嘩を何度もしたけれど、私を養ってくれていたし、色々な世界を見せてくれた。あんなに愛して憎んだ相手はいなかった。

だから、本当に、ありがとう。

僕もよく泣いたよね、と彼は言って、束の間だけど、思い出話で盛り上がった。

あのときの私は、彼と喧嘩するたびに、その反対を望み、ボルテックスに打ち上げていた。それが無意識だったとしても、彼のおかげで自分が求める「理想の結婚相手」がはっきりと分かり、宇宙の法則が働いて、現実化させることができたのだ。

彼にしたって、私が去ってくれたことで、もっと若くて美しい奥さんと巡り合って子供たちに恵まれたのだから、起きたことはすべて最善。
ごめんねではなく、ありがとうである。

でも彼は、ごめんね、と書いてきた。

あの頃の自分ははちゃめちゃだった。酒に飲まれることも多くて本当に迷惑ばかりかけていた。今、思い出しても辛くなる。

そんな言葉を彼から受け取るとは想像もしなかったので、私は、思わず、ウルっとした。。そのはちゃめさも魅力的だったんだけど、やはり迷惑はこうむった(笑)

彼はこう書いてきた。

『こっちはロックダウンがなく、自分のビジネスはうまくいっている。君のことを助けたい。』

助けて、と言ったわけでもないし、助けが必要なわけでもないけれど、お金というものはこんなふうに突然流れてくるものなのだなぁ。。
と少しばかりおかしくなった。

愛も富もエネルギーの循環と理解すれば、与えることや受け取ることへの認識もまた違ったものになってくる。

とりあえず遠慮したけれど、今の私にとって、その言葉の温かさと重みは、実際の「助け」よりも意味深い。そうした愛と感謝の波動こそが、私の現実を創造してくれるのだから。そしてこの言葉から受ける愛の波動は、私にとってはものすごく大きい。

互いが許し合ったようなその瞬間、おもわず涙が滲み出ていた。そして、大袈裟かもしれないけれど、こうした体験こそが、生まれてきたことの目的なんだとふと思った。

愛したり、悲しんだり、苦しんだり、憎んだり。そうしたことを思う存分やったあとで、最後には愛と感謝しか残らない。

なんて素敵な体験だろう。

インターネットやSNSを作ってくれた人にも感謝。

ひどい仕打ちを受けて傷ついているときや、何かを失って悲しんでいるときに、自分を傷つけた相手を許すことなど、とてもできないと思うけれど、他人を裁くことで自分の中にある愛はなくなってしまう。

たとえ時間がかかっても、愛の中に生きる選択をすると、許すという言葉そのものに違和感をもつほど、過去への認識は変わってしまう。
だから、今を大切にするべきだし、そうすることで、ちゃんと新たな幸せは、やってくる。


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