愛することは、信じること


さっき聴いたエイブラハムの対話(今年の1月収録)に、母の呪縛についての質問があった。

ビデオ動画でないので質問者の年齢は分からないけれど、たぶん30代以上であろう、そのアメリカ人女性が、幸せになりたい、自由になりたいと思っている一方で、母親の束縛から逃れられない心の重荷を抱えていることに衝撃を受けた。


といっても、母親からの束縛に関するお悩み問題は珍しいことではなくて、ここ数年間のWSでよく質問されているし、アメリカであろうと日本であろうと、同じような話を本当によく聞く。

エイブラハムの答えはいつでも同じで、相手や状況を変えられないのだから、自分が変わるべきだというもの。

自分の考え方の方が間違っているから変わる、のではない。
自分の意識を変えることで、状況を変える。幸せになってゆく。

自分の夢を叶えるための引き寄せの法則、とカテゴライズされたとしても、その根底にあるのは、無条件の愛。自分の幸せを追求することは、決して自分勝手ではない。なぜなら、自分が満たされてはじめて、他者に与えることができるのだから。 

そのときには、人間関係も変わり、犠牲や義務という感覚もなくなっていく。

親が最初からそれを理解していたら、子供の人生にとって、最高のギフトになる。

先週、義理ママの誕生日会があった。私にとっては、元義理ママになるのだけど、私たちの関係は変わらない。
彼女の家に行き、息子と、私と、元夫と、彼女とで、ささやかなパーティを開いた。孫やひ孫たちがビデオチャットで参加した。

ほとんどの店もベーカリーもレストランも閉店中だけど、元夫がどこからか、花びらをあしらったすてきなバースデーケーキを注文してきた。

どこから見ても、トラブルがあって離婚した夫婦と、その家族には見えないと思う。昔話で盛り上がって大笑いして、昔ながらの馴染みのジョークを言い合い、現在の政治の話題で意見が食い違っても喧嘩にならない。良くも悪くも互いを知り尽くしていて、すべて許しあえる仲になった。

義理ママは高齢で一人暮らしなので寂しいと思うけれど、そんなことは一切に口にすることもない。家族が一緒に過ごす時間は、一秒たりとも無駄にせず、とことん楽しむ術を知っている。

一方で、日本にいる私の母は、突然、膝を痛めてしまい、ライン電話の声が少し気弱になっていた。いつになったら私や孫に会えるのか分からないので、希望すら見えない。一人暮らしではないので日常生活に問題はないものの、色々と辛いだろうなと思う。

コロナウィルスが猛威をふるう状況下で、別々に暮らしている肉親のことを思って憂う人たちはたくさんいる。

でも、今すぐ状況を変えることはできないし、遠く離れた愛する人たちを心配しすぎて体を壊したり、自分の不安をかれらにぶちまけたりしても救われない。

愛することは、信じること。

ときに、簡単なことではないけれど。

私の子供は自宅にいて、高校最後のオンライン授業を受けている。毎日長く顔を合わせていても喧嘩にもならず、笑いが絶えないのは、私自身が、無条件の愛という名の最高のギフトを受け取ったから。

自分の母親から、義理ママとその母親(息子にとってのひいおばあちゃん)から。そして、エイブラハムから。

呪縛をやめたり、そこから逃れたいと思うのであれば、今すぐに自分の意識を変えていくこと。少しづつであっても、必ず状況は好転する。
起きてしまったことを悔やんだり、恨んだり、悩んだりするよりも、前向きな気持ちで「今」に集中した方がいい。



Amazon