出会いたかった言葉を見つけた 【キンドル・アンリミテット】



アマゾンアンリミテット会員なので、関連本を見つけると次々に読んでしまう。


年末までに、すべてを手放して心も思考もクリーンアップしたいと思っていたら、今の私にぴったりな本に出会えた。


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つかめないもの

『目覚めるというのはすべてを手放すことであって、何かにしがみつくことではありません。ですから、何もないところから何かを作り出してしまったり、「無」を何かにしてしまったりすることが、どれだけ簡単に起こってしまうかということに気づいていてください。

立派な思想や安心させてくれる観念、あるいは特定の経験や心の状態に自分がしがみついていると感じたら、それを手放してください

古くから伝わる禅の対話があります。
老子が弟子に「落とせ!」と言いづづけます。ついに弟子が、「もう落とすものはございません」と言うと、老子はこう言います。「それを落とせ!」』


ここを読んで、ゾクゾクっとしてしまった。
私が出会いたかった言葉に出会えた。

エイブラハムが好きな人なら、きっと、すんなりと共感できると思う。
違う言葉で、違う視点から、もう少し深く書かれている。共通部分だって、もちろんある。

思考は宇宙がしていることのひとつです。思考はひとりでに起こります。実際、自分がつぎに何を考えるかを前もって知ることはできません。思考を生み出しているように思える「思考者」は、それ自体がひとつの思考であって観念的なイメージです。



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次に読んだこの本も、内容がそっくり。

 
もっとも深いところで、すでに受け容れられている

『自分の苦しみの原因は自分の外側にあるものとは無関係だと理解することが、驚くべき自由への鍵だ。
状況は決して苦しみの原因にはなりえない。苦しみは必ず状況に対する自分の反応の中にある。苦しむのは、探し求めるときだけだ。

『欲しいものが得られない体験の中で、深い意味で大丈夫であることをみつけられるかどうか確かめてみてほしい。
深い受容という境地を見つけることは欲しいものが得られないことを黙認したり我慢したりすることではなく、耐えられないことや欲求不満さえ受容される境地を見つけることなのだ。

そして、欲しいものを手に入れることがまさに自分が本当に欲していることだ、という観念そのものに疑問を投げかけてみてほしい。
あなたが何かを欲しがっている分離した人物であるという観念に疑問を投げかけてほしい。それは、欲しいものをえられなくても大丈夫なふりをすることとはまったく違う。』

『不完全だという根源的な感覚によって、私たちは将来的に完全になることを求めはじめる。自分自身が今ここにある体験の海なのだということに気づかずにその海を探し求め、将来、いつかそれが見つかるだろうと心から信じる。』

読みながら、波動が浄化されてゆくような幸福感に包まれた。そして、読み終わったあとにエイブラハムの動画を聞くと、さらなる幸福感がやってきて感謝❤




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