自傷祭り、あるいは究極のスピリチャル祭 【タイのベジタリアン・フェスティバル】


昨日の記事に、ホアキン・フェニックスの昔の映画がタイのプーケットで撮影されたと書いたが、プーケットと言えばちょうど2,3日前に、知る人ぞ知るベジタリアン・フェスティバルが終わったばかりだ。



なんとも穏やかな名前とはうらはらに、実際には地獄絵といっていいフェスティバルである。実際にその光景を見た私は、卒倒しそうになってしまった。

東南アジアの華僑が信仰する『九皇大帝』の祭りである。
毎年この期間に、キュウオンと呼ばれる『九皇大帝』つまり海の神が、天国から降りてきて、水路を通ってマレーシアやシンガポール、ミャマーなどに到着するものの、タイのプーケット島では独自の色が添えられて、キンジェー(ベジタリアンフェスティバル)と呼ばれている。

1825年、プーケットのカトゥ地区がまだジャングルに覆われていた頃、華僑の労働者たちが、すず鉱山で働くためにはるばる中国からやって来た。中国は、労働者たちをねぎらうために、歌劇団をプーケットに向かわせた。

ところが、当時、プーケットでは疫病がはやっていて、歌劇団たちは次々に感染して倒れてしまう。そんな中、劇団員の一人が、陰暦9月の最初の9日間に『九皇大帝』への儀式を忘れていたことを思い出し、全員で禁欲生活をしながら熱心に祈りを捧げることにした。

そのかいあって、劇団員はすっかり回復した。それを見たカトゥ地区の現地人たちが驚いて、以来、毎年この時期に、菜食と禁欲を続けて神に祈りを捧げるプーケットの祭りの習慣にしたのだった。

祭りが始まると、マーソンと呼ばれるトランス状態の信者たちが、こともあろうに自分の顔に刃物をブッ差して歩いてゆく姿を見ることができる。出刃包丁が3本とか、パイプとか、銃まで!そのうえで、ナイフの刃でできた梯子を上ってみたり、火薬のうえを歩いたりする。

プーケット・ドットコムのサイトに、子供の頃にマーソンに選ばれて祭りに参加した男性の短いインタビュー記事が載っていた。

それによると、その男性が12歳のときに、夢を通してお告げがあったそうだ。夢に出てきたのは、民族衣装に身をつつんだ色黒の中国人だった。その男を見た少年の彼は金縛り状態になり、翌日から体調を崩すが、医者は原因不明だという。近所の人たちが中国の神様を祀る地元の寺に連れてゆくと、彼は知るはずのない中国語をしゃべりはじめた。

彼の体に乗り移った中国の神が、彼の体を霊媒にしたがっている。と、中国語を知る者が通訳した。母親は、断ることなどできなかった。

http://www.phuket.com/festival/vegetarian.htm

マーソンになるということは、神に身を捧げることだという。その当時は、今ほど大きな刃物や鉄パイプやら銃やらを頬に突き刺すという風習はなかったらしいが、麻酔なしでも本当に痛みは感じなかったという。

それでも、流血している人たちはいたし、私はふだんの生活の中で、顔面に傷跡を残した人たちを見かけることが多々あった。

マーソンたちの肉体的な苦痛により、町はトラブルや災害を逃れて豊かな年を迎えることができる。そして人々はひとつになって、魂の高まりを体験する。祭りが終わっていても、マーソンの肉体に、ときどき神が下りてくることがある。寺に来る老人や病人が神のお告げを聞きたいと言えば、マーソンは協力する義務があるという。ひとたび神が下りてくると、自分には理解できない中国語が湧き出てくる。

神が去ると、長距離マラソンを終えたような疲労感が残るそうだ。
災害を逃れ、豊かな年を迎えることができると信じられている。

あのときの私は、そんなことを知らなかったものだから、あまりの過激さに圧倒されるだけだったが、もしもこの話を知っていたら、目の前を歩いてゆくマーソン達に対して、深い尊敬と感謝の気持ちを抱いたことだと思う。

それにしても、なんという人生。。




★★観覧注意★★
ベジタブルフェスティバルの様子

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