愛猫が虹の橋を渡る




明け方に、心から愛して止まない愛猫が亡くなった。22歳3カ月だった。(写真は22歳になったとき。左背後の玩具にはもう見向きもしない歳ごろ)

ここ数日、息遣いがさらにおかしくなってきたから、そろそろなのかなと思って、ペットの火葬場を探していたのが昨晩のこと。あと1,2週間のうちだと思うけど、と元夫にも相談していた矢先だった。

22年前、私が北欧からスーツケースひとつで元夫の家に転がり込んで、そのまま同棲が始まってしまったときに、近所のシェルターで出会った子。他にも子猫たちがいて、選ぶことができずに、結局3匹の猫引き取った。この子が、一番長生きしてくれた。私のこれまでのアメリカ生活を、すべて一緒に生きてきた伴侶だった。

病気ひとつしない健康な猫だったけれど、この5月に22歳の誕生日を迎えてからは、日に日に衰弱していくのが目に見えてわかった。それでも、食欲はあるし、トイレもできる。

どの本やサイトを読んでも、室内猫は死期が近づくと家具やベッドの下に隠れるとあったのに、私の愛猫は最後までキッチンと子供部屋の間の狭いスペースに居座っていた。私達がしょっちゅう通る場所なので踏んづけそうになるような目立つ場所に。

今朝になり、息子のお弁当を作るために6時に起きて、ハムを小さくちぎって指の上に乗せて愛猫の鼻先につけてみるけれど、食べない。これはおかしいと思い、しばらくブラッシングしてあげていると、息遣いがおかしくなってきた。もうダメなんだと思って慌てて息子をよび、私達にみとられて愛猫は逝った。

夜が明けるのを、じっと待っていたかのように。私達に、さようならを言うために。

それから私達は大泣きして、今でも泣いているけれど、素晴らしい終わり方だったと思っている。

愛して止まないこの愛猫は、私の腕の中で一生を終わるべきであり、それが私の願いであり、私の願いはちゃんと叶ったのだ。
老猫は、苦しかったかもしれない。それでもちゃんと、夜が明けるのを待っていてくれた。

同じときに引き取った黒猫は、8年くらい前に、体調がおかしくなったときにすぐに獣医に連れて行った。そのまま検査しますと言われて預けた。異常が見つかったから手術しますと言われ、開いたら癌が見つかったので安楽死させますと言われて、後日、遺灰を引き取ることになった。何か騙された気がして腑に落ちなくて、そんな別れ方が納得できなくて辛かった。

そして愛犬は、私が旅行に行ったときに、預けた獣医さんのところで容態が悪くなり、一番愛する元夫が駆けつけて、彼の腕の中で安楽死した。

だから私の願いは、この愛猫を自分で看取ることだった。こればかりは、タイミングである。夜中や外出中に逝ってしまうのが恐怖だった。

元夫にすぐ連絡した。それからしばらく、私達は愛猫と過ごした思い出を語り合った。すべては素晴らしい体験となって私達の心に残っている。彼と話すことで私はかなり癒された。それから、猫を火葬してもらう場所に持って行く。そして遺灰はローズウッドの木箱に収めてもらい、元夫の家に置かれる。彼がすべて費用を出すというから、一緒に住んでいなくても愛猫への愛情に感謝。

私は遺灰を持って生きることにあまり興味がないのだが、元夫は、すでに亡くなった愛猫や愛犬の遺灰を持っている。それをどうするのかは知らないが、それが彼なりの供養なのだし、なんだか温かい気持ちにもなる。

家族としてみんなで一緒に暮らしていたあの頃のことは、どんどん過去のものになってゆく。懐かしいし、数分間くらいなら戻ってみたいとも思うけれど、今はあんな素晴らしい体験ができたことに感謝あるのみだ。でも、この寂しさは耐え難い。

どんどん冷たく、固くなってゆく愛猫の前足を握りしめて、ありがとう、ありがとうと私は感謝しきれないくらい感謝して、虹の橋を渡ってゆくのを見送っている。

2019/8/14

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