息子の友達(17歳)がデビュー【アメリカで歌手になる】

息子が小中学校で仲良くしていたアメリカ人の友達J君(17歳)が歌手デビューした。

子供達は今は疎遠になってしまったが、私はパパとSNSで繋がっていて、「息子がレコード会社のレーベルと契約して、デビュー曲が発売された!」という彼の投稿を発見。ステキな歌声を聴いて、思わず感動してしまった。

ということで、子供の頃に歌手を目指していたわけではなかったJ君が、何をきっかけにどうやって歌手になったのかをちょっと書いてみようと思う。


ただし、歌手デビューしたといっても、テレビ出演がはじまったり、仕事が次々に舞い込んできている、ということでもない。歌手という定義すらあやふやだが、知名度のあるレコード会社のレーベルと正式に契約して曲をリリースしたということで、アーティストとしてのスタート地点に立ったばかりの状態だ。

キュートで元気な幼年期時代

J君と私の息子は小学校1年生のときに出会った。双子のお兄ちゃんといつも一緒にいる少年でクラスの人気者だった。ちょっと複雑な家庭に育っていて、パパと一緒に住みながら、週に何度かはおばさんや、おじいちゃんとおばあちゃんの家に泊まっていた。そのために他の保護者からは「可哀想」という目で見られていたが、本人たちは底抜けに明るかった。

私はおじいちゃんとは大の仲良しで、子供たちが一緒にテニスレッスンを受けに行くときは隣に座って見学し、そのあとでよくご飯に連れて行ってもらい、みんなでワイワイと楽しい時間を過ごした思い出がある。

友達宅に招かれることも多かったけれど、母親たちから好かれていたのは実はお兄ちゃんの方だけで、J君の評判はそれほど良くもなかった。悪い子ではないのだが、はっきり言うと礼儀知らずで落ち着きがないうえに、ちょっと図々しいところがあり、招いた親が疲れてしまうのだ。


コントラストが始まった中学校時代・前半

中学に入り、お兄ちゃんの方は相変わらずみんなに好かれていたけれど、J君の方は家にひきこもることが多くなっていった。ニキビがぽつぽつと出始めて、顔中がニキビだらけになってしまった。そのために自尊心が失われ、ますます出不精になっていった。本人もとても辛かったと思う。


歌手になるきっかけ~中学生活の後半

J君は自分のニキビを笑える強さもあり、相変わらず友達には好かれていた。それでも放課後は直帰して家から出ない。お兄ちゃんが友達を連れて帰るので孤独になることはなく、そういう意味で兄弟っていいなぁと羨ましく思うこともあった。私の息子と兄弟は、一緒にテニスレッスンに通っていた。

次世代のアイドルを発掘するアメリカン・アイドルという国民的な歌のオーディション番組が絶頂期のときで、学校では、それに似た歌のコンテスト・イベントが行われた。

ニキビ治療で少しづつ肌も回復してきたJ君が、突然、コンテストに参加した。シャイな部分がなくて堂々としているところが評価され、1、2週目を勝ち進んだ。それがテニスの練習日と重なったものだから、J君兄弟はテニスを辞めた。息子も同時に辞めてしまい、彼らは疎遠になっていったが、別に喧嘩をしていたわけではない。

意識大改革が起きる~

準優勝まで行ったのは、J君ともう一人の女の子だった。彼女もまた、私の息子やJ君兄弟の幼馴染である。

J君とその女の子に共通していたのは、エネルギッシュな気質だと思う。中学生の頃の彼らのことはよく知らないが、私はその女の子のママの友達でもあったから、小学生時代のことはよく覚えている。

J君も彼女も、大人たちをうんざりさせるようなエネルギーがあった。とにかく元気で、大人から注目されるのが大好き。人見知りせず、遠慮知らずで友達の母親に平気でモノをねだることができる。それがちょっと図々しく見えて大人からも子供からも敬遠されることがあった。でも、悪い子ではないし、いじめっ子でもなく、友達も多い。

彼女の方は小学生の頃から、何かイベントがあると国歌をソロで歌う担当をしていた。そんな彼女と競っていたのだからJ君は相当うまかったのだろう。審査員の一人の音楽の先生がJ君に言った。
君、すごくいい声してるよ。

この言葉はかなり衝撃だったらしく、自尊心も低く何かと低迷していたJ君の運命を完全に変えた。

夢を追うために断ったこと

歌手になる!と本気で決めたJ君は、そのままお兄ちゃんと同じ高校に入学したものの、1学期が終わると学校を辞めてしまった。

通信制で勉強を続けるという噂に、みんなが驚いていた。友達の両親なども呆れる人が多かったと思う。

中学の音楽の先生から紹介されたのであろうボイストレーナーのもとでレッスンに励み、弾いたことのなかったギターの練習をはじめた。かなりの時間を費やしていたと思う。それがやりたいことなのだから、周囲から何と批判されても、まったく気にならなかったと思う。家族も彼を応援することに決めたようだった。

ボイストレーナーに紹介されたらしき、NYのプロモーション会社と契約してオフィシャルインスタグラムを設置。その頃から色々とフォロワー集めなどをしてもらい、地道に続けてきた結果、実質的なクオリティはどうであれ、数字的にはフォロワーの数は今は100万人を超えている。

初のテレビ出演

その翌年あたり、J君は全米チャンネルで放映されたリアリティショウに出演した。アメリカンアイドルに似たリアリティショウ形式の番組だった。メンバーは全員LAに滞在してリアルタイムで番組が始まり、毎週、視聴者からの投票によって一人づつ消えてゆくというものだった。結局、2週間目くらいに落とされてしまったけれど、地元のニュースなどにも出て彼の知名度は上がっていった。


そして今

リアリティショウでは優勝できなかったけれど、決して失敗体験ではない。この2年間ほどはひたすらトレーニングを続け、SNSでファンと繋がり、地元を中心に色々なイベントに顔を出して歌うということを続けていたと思う。

実際に収入を得ているのかは知らないが、音楽への情熱が燃え続けていることは確かなようで、こうなると周囲も応援するのみだ。
本当に好きだから、たとえ大きな飛躍がなかったとしても、辞めることはないのだろう。ギターの練習は続け、プロモーション会社(エージェントなのかもしれない)の努力のたまものなのか、本気で応援してくれるファンもつきはじめた。


アーティストとして認められる

ボイストレーナーやプロモーション会社の働きもあり、LAに飛んで、某ミューディックプロデューサーに曲を作ってもらった。
ジャスティン・ビーバーやセレナ・ゴメス、カミーラなどに曲を提供したプロフェッショナルの彼に曲を渡されて、指示されたまま歌うというよりは、彼の前でギターを弾きながらアイデアを出し、一緒にクリエイトした部分もあるという。

そして、晴れてデビュー曲がリリースされた。

まとめ

ということで、アメリカに歌手になる方法は色々あるけれど、J君のケースを紹介してみた。ちなみに彼の実家は決して裕福なわけではないので、プロを雇う際にも大金が動いていたわけではないと思う。

何かに 情熱を注いでると、周囲は批判することをやめ、その展開に心を動かされて、自然と応援したくなる。だから、周囲の意見や批判なんて、最初から聞かないでいいのだ。

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