ぼんぼりに見た、江戸っ子の親心



親友が東京で連れて行ってくれたビジネス会合のゲスト講師が、浮世絵デジタルプロジェクト・プロデューサーの方で、私にとっては、とても嬉しいサプライズだった。

日本人としても、浮世絵はもちろん大好きな芸術だけど、これまでじっくり鑑賞したことはなかったので、大変勉強になった。

今回、日本に来る飛行機の中で、昨年公開された『永遠の門 ゴッホの見た未来』を見た。だいたい内容は分かってるし、ウィレム・デフォーがゴッホを演じていることに少しばかり違和感を持って、見ていなかったので、ちょうどよかった。




作品は、予期した通り、救いようがないほど暗いものだったが、ゴッホへの愛がさらに深まってしまうのは、いつものことだ。デフォーは、びっくりするほどはまり役だった。

浮世絵が出てくるわけではないが、あの時代に海の向こうで、これほど日本と共通点のない生活をし続けながら、ゴッホは日本の浮世絵という芸術を愛した。それが頭の中に残っていたので、タイムリーだったのかも。



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1886年、栄華を極めたパリの美術界に、流暢なフランス語で浮世絵を売りさばく一人の日本人がいた。彼の名は、林忠正。その頃、売れない画家のフィンセント・ファン・ゴッホは、放浪の末、パリにいる画商の弟・テオの家に転がり込んでいた。兄の才能を信じ献身的に支え続けるテオ。そんな二人の前に忠正が現れ、大きく運命が動き出すーー。『楽園のカンヴァス』『暗幕のゲルニカ』の著者による アート小説の最高傑作、誕生! (アマゾンより)




ゴッホ「ジャポネズリー:雨の橋」1887年9月-10月
実際に見たことはないが、ゴッホが浮世絵を模倣した有名な絵画のひとつ。

オリジナルの浮世絵がこちら


歌川広重
『名所江戸百景 大はしあたけの夕立』

レクチャーではゴッホに触れることはなかったが、スクリーン上にデジタル化された浮世絵の詳細部分をクローズアップさせ、浮世絵を見ることで、季節や方角、今の東京の位置などを探ったり、江戸の人たちのユーモアを垣間見たりする楽しさを、教わった。

たとえば上の絵では、橋を渡る人たちが持つ傘でその職業や生活などが分かる一方、腕の良い摺師(すりし)による、濃淡の墨で表現されて重ね摺された力強い雨が表現されていて、浮世絵とは、摺師あっての作品なのだと改めて理解することもできた。


私が一番心に残ったのは、江戸の花火大会の浮世絵。
今まで私が考えてもみなかったことを、講師の方は教えてくれた。

この絵の黄色い建物の手前に、赤いぼんぼりを売ってる商人がいる
ぼんぼりは通常のものよりもずっと背が高くて、先に赤い丸いものがついている。この場合、それが灯りなのか何なのか私には分からず、それにつての説明はなかったが、なんとこれは、人ごみの中で子供が迷子にならないようにする目印なんだそうだ。



その親心を思って、きゅんとした。

児童虐待のニュースが次々と出てきて心が痛くなる中、こうした話を知るとほっとする。

橋の上に赤いぼんぼりが宙を漂っているのが見える。このぎゅうぎゅう詰の群衆の中で、子供達が握っているものなのだろうか。
気になって調べてみると、江戸は人口密度が高いうえに道路標識も街や通りの名前もなく、家には表札もなかったことから、迷子になると自力で帰宅するのが難しかったそうだ。

子供がいなくなると家族や近所の人たちが鐘や太鼓を叩きながら、子供の名前を叫んで町を歩き回ったり、伝言板の役目を果たす「迷子しるべ石」を頼ったりした。


 
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最近では、ずいぶんと迷子も減ってきているように思える。
日本に里帰りをして大手のショッピングセンターに行くと、以前は迷子のお知らせが頻繁に流れていたものだが、ここ最近はまったく聞かない。気のせいだろうか。

海外では、迷子の店内放送は聞いたことがないし、アメリカ郊外だと小さな子供だけでぶらぶらと外出していたり、公園で遊んでいることもなく、幼稚園児に「はじめてのお使い」をさせようものなら保護されてしまうかもしれない。1人で留守番していたり車で待っていたりしたら親は逮捕される場合もある。それでも、誘拐や虐待などはやはりなくならないのだから、迷子にならない方が奇跡なのかもしれない。

私は子供が小さいときに、空港で迷子になったり、誘拐さたりしたらどうしよう!!!!と考えただけで恐怖だった。今はファミリートイレも充実しているが、以前は空港で母親たちは年少の息子を女性トイレに連れて入っていた。

花火の浮世絵を眺めながら、江戸の町で迷子になった子供達のことを考えずにはいられなかったが、江戸の人びとは「子は宝」といい、地域ぐるみで子供達を大切に育てたと言われている。長屋暮らしだからこそ、隣近所が助け合って世話を焼きながら生きていたのだろうか

江戸時代には子どもを国の宝とし、子どもの教育を大事にしてきた。

『家庭でも町内でも子供は次の江戸を背負うものとして大事にされ、子は家の宝、村や町の宝とする子宝思想が広がっていた。

子供を大切に育てること、子供とともに日常生活を楽しむこと、そして教育に努めることが父母のなによりの役割とされてきた。 


と同時に、子育ては親だけが単独で子供に向き合うものではなく、その地域共同体全体の大きな仕事であった。子供の誕生にあたっては、生みの親以外にも、「取り上げ親」とか「乳付け親」「名付け親」「拾い親」などのさまざまな「仮親」が、生まれた子供との間に擬制的な親子の関係を取り結んだ。
この仮親たちは、その子の成長過程に「親」として関わってくる。それは子育ての為のおとなのネットワークの観がある。
子供の誕生とその後の成長の節目ごとの祝いには、近所・親戚の人たちが集まって共食(酒食)した。それも子供の成長を支えるおとなのネットワーク集団にほかならない。 』

ソース元および出典;江戸ものがたり

個人的には非常に羨ましい気もするし、なんだかうざったい気もするが、これが江戸文化であり、これからも機会があれば、もっと色々と学んでみたくなった。


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