画家のことを知ると、作品の神秘性がなくなるのかも


女友達とディナーに行ってから、アート系のブティックホテルまで散歩した。ロビーがちょっとしたギャラリーになっていて、定期的に色々なアーティストの絵画が飾られている。


The man with the wooden arm, the mad tale, Bandit attacking coach

こんな絵が、飾られていて、思わず足を止めてしまった。

直感的に、好きだと思ったが、いったい、何が描かれているのだろう?どことなく、フランスっぽい雰囲気に満ちていると思った。
 

 The lunatic at sea 1998

この絵など、まさに、私の中ではフランスの絵画だ。
パリが大好きで、毎年夏には6区にあるアパートを借りる女友達に「この絵はフランスっぽいよね?」と言うと、彼女は、さあ、と首をかしげたが、よく見ると、壁にかけられたこの画家の絵画はすべて、「フランスでの人生」というテーマになっていた。

彼は、フランスに生きたのだろうか。
何を見て、何か感じていたのだろうか。

好奇心を刺激される。

 


しかし、画家はレスリー・ラーナーというアメリカ人で、パリに住んでいたわけではなかった。ここ地元の、有名な美術大学で教えていたが、数年前、惜しくも、病気でこの世を去ったそうだ。


 My life in France, The lost boy, the Vista 1999 by Leslie Lerner

この絵を眺めていたら、モンマルトルの丘にあるサクレ・クール寺院に、横に立っている彼女が私を案内してくれたときのことが蘇った。小高い丘の上にそびえたつ教会堂は真っ白いで、緑の丘によく映えていた。

そのあとで、画家が集まるテルトル広場のカフェで寛いだ。観光客でいっぱいだった。

駅の周辺の通りを歩いていると、ごちゃごちゃとした店が並び、大きな箱に放り込まれた洋服やら靴やらが目を疑うほど安い値段で売りに出され、アフリカの民族衣装を着た移民たちが群がっている光景にびっくりした。

モンマルトルのある18区は芸術の街でありながらも、移民が多くて治安が今ひとつだ、と彼女が言った。

『日夜、多くの観光客がテルトル広場、サクレ・クール寺院、キャバレー・ラパン・アジル、ムーラン・ルージュ、ピカソらのアトリエ、ユトリロの描いた風景を訪ねて歩いている。モンマルトルは歴史地区に指定されている。
  
バルベ地区は移民が多く、アフリカやアラブの物産が手軽に買えるが治安はあまり良くない。一方、モンマルトルの西南麓のピガール地区はパリ随一の猥雑な歓楽街・風俗街で、
アダルトショップなどが並んでいることでパリ市民には有名である。』(Wiki)


フランスでの人生というテーマであっても、パリが設定とは書かれていない。でも、私の中ではモンマルトルの絵になってしまった。

ラーナー氏の作品は、ネットで探してもほとんど見つけることができない。彼自身の情報も、略歴以外は見つけられなかったが、15年間教えていた美術大学には愛されていたようでこれらの作品はこれからも温存され続けるようだ。


少なくとも、この展示会では、販売されていたわけではない。



5,6年くらい前に、ラーナー氏が教えていた美術大学で、同じくアートを教えている教師から、絵画のモデルになってほしいと頼まれたことがあった。

絵画のモデルは老若男女問わず、容姿端麗でなくてもいいので、アーティストの知り合いからたまに頼まれることはある。

彼の描く絵画をグーグルしたら、独自の趣がある絵が出てきた。いくつか、何かの賞をとっていた。興味を持ち、夕方に古びたカフェバーで待ち合わせをしたが、私はド忘れして、すっぽかしてしまった。

電話がかかってきて、思い出したのだが、本当に悪いことをしてしまった。

彼は私をぼぉっと待ちながら、一人でカウンターの縁に座り、持ってきた紙にスケッチをしていたそうだ。

冬の夕方で気温も落ち着いているから、通りに面した部分は開け放たれていて、長いカウンターの反対側に座ると隣の古いシガーバーから安い葉巻の香りが流れてくることもある。どうして私は、わざわざそんな場所を指定したんだろう。

結局、その晩は行かなかった。

翌週に、同じ場所で待ち合わせた。彼が先に来ていて、背中を丸めて座っていた。世間話をしはじめてまもなく、彼は持ってきていたスケッチや絵画の写真などを一枚一枚丁寧に見せてくれた。

先生なんだから当たり前だが、
とても才能のある人だと思った。
  
彼の描く絵画は、ストレートに表現されて、レスリー氏の絵画のように、神秘的なところはない。だけど、なんともいえないくすんだ色合いがこちらの感情に重たくのしかかってきた。

タトゥだらけの美大生の女の子の裸体の絵画があった。

それを描いたのは、自分の寝室だという。恋人でも何でもなく、ただのモデルだよ、と言う。たぶん、本当なんだろうなと思った。

そんな感じの絵をまた描きたい、と言う。服は着てくれててもいいけれど。


私は、スタジオでモデルになるものだと思っていて彼の寝室に行くつもりはなかったので、その話は実現せずに、そのままになってしまった。




ちょうど、その次の週に、別の画家友達から頼まれて彼のアトリエでモデルをした。他州から人気の画家が来て、ワークショップが開かれたのだ。

ちいさなステージの上の椅子に座って半日ほどじっとしてた。
私は、ゲスト講師の女性の画家に、あまり好かれていないと感じた。それで、居心地が悪かった。

周囲には10人くらい画家の卵たちが、イーゼルの前に座って、忙しく手を動かしながら、カンヴァスの向こうからじっと私を眺めていた。

ワークショップを開催した、アトリエの持ち主でもあるその画家は、私よりひとまわりほど若い。美術大学には行かずに、イタリアに行って直接、イタリア人画家から手法を学び、驚くような才能を開花させた。


アトリエに来る生徒たちは、本格的に絵を学んでいる裕福な年配層が多い。

そのうちの一人の女性が所有する豪邸に、数か月ほど、その彼が転がり込んでいたことがある。お金を使うのが大嫌いな貧乏性の彼と、出張の留守中にペットと家の面倒を見てくれるハウスキーパーを必要としていた彼女。互いの都合が一致した。

彼は彼女の不在中にアーティスト仲間を呼んでいくどか仲間内のパーティをした。なぜか私も呼んでもらえて、彼らの創造力に感銘を受けた。







ちょうどその数か月後に、私は、とある年上の男性とデートをし始めた。芸術家になりたい起業家で、時間があるときには舞台に立ったり、絵を描いたり、音楽をやったりしていた。彼の家には、のびのびと描かれたようなカンバス地の油絵がいくつもあった。

色使いもさることながら、ペットや肖像画も多くて、どの表情イキイキとしている。ボランティアで肖像画を描きたいのだと言う。
たとえば、ペットを亡くした人、愛する家族を亡くした人に、写真を見ながら故人の肖像画を描いてあげたい。お金なんていらない!と言った。収入源なら別にあるからとはいえ、なんて素晴らしい人だと思った。

ところが、私は、例の画家の男友達のアトリエで、イタリアで修行を積んだ素晴らしい絵を間近に見すぎていた時期だったから、すぐにアラが目についてしまう。

素人目ながらも、遠近法がおかしいとか、手の指の長さのバランスが変だとか、そういう部分が気になって仕方ない。どんなに表情が生き生きした魅力的な絵であっても、すべてが台無しになってしまう。
 
基礎ができていないということが、こんなにも致命的になるのかと、恐ろしくなったほどだ。


画家の彼に会ったときにそれを言うと、彼は眉をひそめて言った。
「君って本当は手厳しいんだね。僕の作品だって誉めておきながら、心の中では批判しまくってるんじゃないの?」
「まさか!あなたの作品が完璧すぎるから、そうでない他人の作品に厳しくなってしまったのよ。」
そう言ったけれど、彼はなぜか信じることなく、ふん、と拗ねていた。


そんな彼の作品も、先月はあのアート系ホテルのロビーを飾った。初日に多くの人たちを招いていたようだ。アトリエの人気も定着し、彼はますます技術に磨きをかけている。私にも連絡がきたが、残念ながら行けなかった。絵が売れた!!!!と大喜びしている写真が投稿されていた。


それぞれの作品が違うように、それぞれの画家たちの人生も、エネルギーも、交流関係も、家族構成なんかも、まったく違う。それらを垣間見ることで、彼らの作品はさらに愛しく見えることは確かだ。

だけど作品の神秘性は、ちょっと欠けてしまう。
私は冒頭で紹介したレスリー・ラーナー氏のことはまったく何も知らないから、
彼の作品や、それにこめた思いが不思議でならず、そのために、よけいに惹かれてしまうのかもしれない。





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