前進するとき、誰かを置き去りにすることはない【エイブラハム】

別サイトで、短い引用を訳して紹介した。

誰も置き去りにしていない~エイブラハム流~

人間は誰でも前進するのだから、たとえば転職を繰り返すことが自分の成長につながるのであれば、去ることに罪悪感を持つことはない。置き去りにしてしまったように見える仕事場や仲間は、あなたに見捨てられたわけではなく、誰もがちゃんと前進してゆくのだから。




20代のころ、私にはそれを実感するのが少しばかり難しかった。

幾度となく住む国を変えたり、それにともなって職場を去ったりしていたが、大きな決断をして去るたびに、「置き去りにしてしまった」という罪悪感がぬぐえなかった。

もちろん私が去った直後に、職場は一時的に困ることになるし、大切な人たちは嘆き悲しんだ。特に国外に移住してしまったときは、残された方としては、私の存在がかき消えたも同然だ。ネットがない時代だったから、恋しくなった瞬間に繋がることもできなかった。

罪悪感にかられて、しばらくしてから電話をかけると、哀しくて酒をあおったとか、鬱になったとか、病院に行くはめになったとかと責められたこともあった。私の方も、とても辛い思いをした。

でも、この年齢になると、痛いほど理解できる。

自分自身だけではなく、他人の体験を垣間見ても、すべてが大丈夫だということが分かるのだ。

職場は、ちゃんと新しい人を見つけることができるし、別れた恋人は新たな愛をちゃんと見つける。もっと自分にぴったりな人を。

置き去りになんてしていなかった。つまり、そう思うことでさえ、自分のおごりかもしれない。

あなたの心の中に、その人はずっとずっと存在し続けるかもしれない。
その人の中にも、あなたは生き続けるかもしれない。
再会して、繋がることもできるだろう。
でも、別れたときのままの自分達でいることは不可能なのだ。
人間は、いやでも前進してゆくのだから。


ここ数年間、私のアメリカ人の中年層の知人たちは、こちらが仰天するほどあからさまに、自分の恋愛関係をフェイスブックで報告しまくっていた。35歳以上の人たちである。

新しい恋人とくっついて、ラブラブ写真が半年間ほど、これでもか!というほど投稿され続け、見てる方もゲンナリしてきてミュートにするのだけど、ある日突然、別れたとか、離婚したとかという噂を聞く。

そして、ラブラブの写真が全部消える(笑)。

で、またすぐに新たな恋人が登場する。

そんな繰り返しをする人たちを、いったい、何人見たことか。

最近は私もあまり見ていないし、全体的にフェイスブック離れが激しいのか、あるいはプライベート写真を載せすぎてバカを見たと思う人たちもすっかり大人しくなってしまったようで活気がなく、少なくともラブラブ写真は見なくなった。

だから、ここ数年間のドタバタ投稿が、今となってはちょっと懐かしくもある。

そんな中で、当時「振られた」側だった方が、最高に素晴らしいパートナーに出会って結婚したという写真つきの報告を見たとき、たとえそれが「友達の友達」でよく知らない人であっても、心から祝福してしまうのだ。

置き去りにされたように見えたけれど、本当はそれでよかった。もっと自分にぴったりな人を見つけることができたから。

あのとき振ってくれてありがとう!!と思っていることだろう。

振ってしまった相手だって、罪悪感を持つことはなかった。

もちろん、それが結末ではなく、ひとつの大きな体験でしかない。

そして、人生は続いてゆく。

現状は変わらないように見えたとしても、同じ場所に留まることは不可能なのだ。




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前進するとき、今の状況や仲間との別れが辛くなってしまう人へ【エイブラハム】

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