壁の中のアガタのあとがきノート





壁の中のアガタ:
東ベルリン1987 (Queenbee Books)



今年2019年はドイツのベルリンの壁崩壊30周年ということで、東ベルリンに滞在したときの思い出をかき集めて純文学風のフィクションを書いてみました。個人出版としてキンドル版でお読み頂けます。興味のある方はどうぞよろしくお願いいたします。

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表紙のくまさん


これは、1987年に東ベルリンのお店で実際に購入したもの。値段もタスキに書かれた文字も、本に書いてあるとおり。どこから見てもレトロで愛くるしい縫いぐるみだった。
大切に日本に持ち帰り、実家にしまっておいたものの、私は海外生活が長くなってしまってすっかり忘れさっていた。帰省しても、押し入れに入ってるのをずっとそのままにしておいた。数年前、実家がなくなる際の断捨離時に帰省しなかったら、やはり紛失してしまった。こんなことなら、もっと早く海外まで連れて来ればよかった、と後悔でいっぱい。写真なども見当たらない。

手元にあったところで、過去を振り返ることは滅多にないので、心から悲しんでいるわけでもない。人生、前進あるのみ。でも、写真を撮っておいてよかったと心から思う。今でも見ると、きゅんとする。一緒にベルリンの壁を越えたクマさん。色々な思い出をありがとう。

これを書き上げたことにより、当時の日記帳の役目も終わりとなった。いつ断捨離しても悔いはない。ずいぶん色々と移住や引っ越しを重ねたのに、よく手元に残ってたなぁと思う。30年間も!?奇跡。

1987年の夏。チェックポイントチャーリー(ベルリンの壁)で押してもらった東ドイツ、入国出国のスタンプ。こんなにきちんと並べて押してくれていた。


私は主人公とは違い、東ドイツには2カ月くらい滞在していた。ポツダムにも行って、ポツダム会議が開かれた部屋も見てきた。

ベルリンの再訪問は、壁が崩壊したあとの、1995年となる。その頃の私はスウェーデンの首都、ストックホルムに住んでいた。近所に、こんなのが登場したときは驚いた。


たぶん99.8%の在住者が読めていないだろうと思われるこの看板。(在住してる日本人に会ったことがなかったので、自分なりの比率)郵便局の広告だったかな。

そこから、壁のなくなったベルリンまで車をすっ飛ばして行った。1995年の夏には、国会議事堂をすっぽり包んだアートをやっていた。クロード夫妻による「包まれたライヒスターク」という作品。


手前の人はカメラで写真を撮って金稼ぎしてる人。
シャツには「包まれたい?」みたいなことが書いてある。写真を撮ってもらいたい人たちは、灰色の布で包んでもらって、アートを背後に記念写真。頭良いなぁ~。4人の観光客が包まれて写真を撮ってもらってるところ。(撮影/私)




こちらは、自分の体を灰色に塗りたくって銅像化してる大道芸人。(撮影/私)

ベルリンの街は、ラブパレートをやっていた。全然知らずに行ったから、そのひとごみに仰天した。


このときのテーマは、地球の平和。
(撮影/私)




そのときの様子を動画で見ることができる。ここにいる若者たちは、今は私と同じく中高校生や大学生の子供を持つ中高齢者になっていると思うと感慨深い。孫もいたりして。



写真は上の動画からお借りした。実際にこの場にいても、ここまで凄まじい人混みだったとは知らなかった。うっすらと向こうに見えるブランデンブルグ門。

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