こんまり、断捨離、子供の巣立ち



アメリカで大人気のこんまりさんの影響で、寄付団体のグッドウィルなどのビジネスが急上昇しているそうだ。


今やネットフリックスに番組を持ち、米国トークショウにひっぱりだこで、通訳者の女性同伴で頻繁にテレビに登場するこんまりさん。堂々と日本語をしゃべる。

その柔らかで可愛らしい言葉の響きに「日本語ってこんなに美しかったんだ」って思う外国人の人たちも多いと思う。

英語ができなかったら世界に羽ばたけないという常識的な思考をいとも簡単にぶち壊してしまった。

傍から見る限り、彼女ほど、軽やかに楽しく、美しく、周囲に大切にされながら大きく夢を叶えている人はいないのではないかと思ってしまう。

アメリカではそうしたカリスマ性のある女性は、ほとんどの場合、早口でアグレッシブなしゃべり方をして、なんだかがさつな感じがして、私は苦手なのだけど、そうした中に咲く一輪の可憐な花のようにも見える。

Konmariメソッドは嫌いだし、スペースがいっぱいあるから断捨離なんて必要ない。
所有品はもったいないから全部取っておきたい。

という人も見かけるけれど、そういう人たちだって彼女の言うことは新鮮で、一理あると思ってしまうのではないだろうか。

断捨離とは言わずとも、持ち物を減らすことにはたくさんの意味がある。

物に対しての感謝が深まるし、心の中もすっきりする。
色々と効果的があることを、彼女が自ら証明していることだと思う。


私が彼女の本を知ったのはもう何年も前のこと。
読書家のアメリカ人の女友達が薦めてくれた。彼女は豪邸に住んでいた。

豪邸に住んでいる人たちは、ほとんどの場合、人を呼ぶ機会が多いためか、モデルルームのようにきっちりきれいにしてるものだけど、彼女の家は整理整頓ができていない。。。それが目下の悩みだった。風水専門家に来てもらって動かした家具の配置もなんかおかしい。

私はそのとき仕事をしていなかったので、彼女は「こんまりから指導を受けたって言って整頓コーチになりなよ!」というビジネスを提案してくれた。

楽しそうだと思ったけれど、嘘は嫌だし、私自身が整頓できないし、他人の整頓の手伝いをして一日を過ごすというアイデアにぞっとして聞きながした。

でも今、アメリカ人たちは、こんまり認定片付けコーチになるために学んでいるというのだから、私の友達には先見の目があったのだ(笑)

ニュース記事によると、こんまりさんの「ときめかなかった物は、できれば捨てるのではなく寄付する」という言葉を受けて、断捨離を試みた読者たちがどんどん寄付しているために、全米において主要ドネーションセンターが手に負えないほどの物を日々受け取っているという。

こちらは今はイースターの春休み中で、「春の大掃除」の季節でもあるから、不要な冬物もいっぱい集まって、かなりピークかもしれない。

私も年に何度も不要になった物を寄付するけれど、寄付した途端に「あ!あれが必要だったんだ」と思って買い直すことが多々あるので、寄付にはすごく慎重になる。

ただ、1年後には自分の居場所が変わっている気がするので、少しづつ断捨離を始めている。

もともと物が少ないうえに、ここ1年ほどは物欲がかなり消えてしまったので、難しいことではない。引っ越すときになったら、不要な洋服も家具も食器も家電もみんな寄付しようと思っている。

私が次に引っ越すことになるのは、1年半後に子供が大学に行き、ここがエンプティ―ネスト(空の巣)になったとき。その状況は、想像を絶する。

最近、そればかり頭にあるので、この秋から大学生になる子を持つ親と出会うことが多い。ついついしつこく聞いてしまう。

子供が家を出て行っちゃって、どんな気持ち?寂しい?不安?心配?

自分のときは高校を卒業したらさっさと留学しちゃったのに、あのときは親の気持ちなんて想像できなかった。

中学生のうちからアメリカに子供を留学させている日本の親御さんたちも知っているが、その子離れの潔さには本当に頭が下がってしまう。子供達は元気にやっていても、アメリカ東海岸から日本への距離を考えると、心配や不安に襲われるのが親心だと思う。



半分屋外になっているガレージに、愛らしい小鳥が巣づくりしていた。

小枝をくわえた小鳥と目が合うなぁと思っていたら、いまにも崩れ落ちそうな大きな巣ができていた。私の車のほとんど頭上に。笑

でも、突然、姿を見かけなくなってしまった。中は見えないのでなんとも言えないけれど、絶対に空っぽだと思う。ヒナたちが育って飛んでいったとは思えない。

どの角度から見てもへたくそな出来栄えなので、諦めて他の場所に再チャレンジしに行ってしまった気がしてならない。

母鳥は鳥の巣に執着しない。居心地よく過ごしていると敵に狙われやすくなるから、一刻も早く巣立ちをさせるという。

私だって、私は空っぽの巣で泣いている親にはなりたくない。

何十年も前に、私の母は空の巣で寂しさに打ちのめされたが、結婚生活に救いを見いだせず、数年後に再婚した。仕事が生きがいだったので乗り切れたのだと思うし、再婚相手とは今でも幸せに暮らしている。

当時としては珍しかったようだけど、私は、人生っていつでも再スタートできるんだなぁと希望をもらった気がしていた。

ぽつんと取り残された空の巣を見て、泣きたくなるほど寂しい光景に見えるのか、わくわくするほど新たな旅立ちの象徴に見えるのかは、自分の感情次第だと思う。

寂しい感情が押し寄せるのは当たり前だし、悪いことではないけれど、そこに浸り続けてしまえば、幸せな現実は創造できない。

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